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札幌地方裁判所 昭和53年(行ウ)12号 判決

原告 石井軍司

被告 札幌市長

主文

一  被告が原告に対し昭和五三年五月四日付でした懲戒免職処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

主文と同旨

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

〔請求原因〕

一  被告は、原告を昭和四四年一〇月一日札幌市清掃業務職員として雇入れ、衛生局清掃部札幌東清掃事務所に所属させ単純な労務に雇用される者として職務に従事させていたものであるが、昭和五三年五月四日懲戒免職処分(以下、本件処分という)に付した。

二  被告の本件処分の理由は、原告が同年四月三日午前零時三〇分ころ札幌市白石区北郷三条七丁目付近道路において酒気を帯びて普通乗用自動車を運転し、またそのころ同所付近交差点において一時停止しなかつたことにある。

三  しかし、本件処分は後記のとおり違法なものであるから原告は被告に対し、本件処分の取消しを求める。

〔請求原因に対する認否〕

請求原因一、二の事実はいずれも認める。

〔抗弁〕

一  札幌市は、近時自家用自動車による交通違反事件が増加している現状に鑑み、厳正に法令を遵守すべき公務員として特に飲酒運転等悪質な交通法令違反者に対しては、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行として懲戒免職処分で対処する旨職員を指導してきた。

二  ところが原告は、昭和五三年四月三日午前零時二五分ころ、酒気を帯びアルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態で、札幌市白石区北郷三条七丁目付近道路において普通乗用自動車を運転し、かつ北海道公安委員会が道路標識によつて一時停止すべき場所と指定した右道路先の交通整理の行われていない交差点に進入するに際し、一時停止をせず、道路脇の立木に衝突して漸く止まつた(以下、原告の行為又は本件事故という)ため、道路交通法違反の現行犯人として逮捕され、右事実により起訴されて罰金四万二〇〇〇円に処する旨の有罪判決を受け、右判決は確定した。

三  原告の行為は、幸いにして人身事故こそ免れたものの、道路脇の立木に衝突して漸く止まるなど極めて危険かつ悪質な所為であり、公務員として法令を遵守すべき義務に違反し、かつ札幌市職員の信用を著しく失墜させたものとして、地方公務員法(以下、地公法という)二九条一項一号及び三号に該当する。

四  よつて、職員の任命権者である被告は、右事案の内容を考慮し、任命権者の有する裁量権に基づき原告を懲戒免職処分としたものである。

〔抗弁に対する認否〕

一  抗弁一、二の事実は認める。

二  同三の内、原告の行為が極めて危険かつ悪質な所為であること及び原告の行為が地公法二九条一項三号に該当することは争い、その余の事実は認める。

三  同四の内、懲戒処分の効力は争い、その余の事実は認める。

四  地公法二九条一項三号の「非行」とは職員の担当する職務に関連して問題となるのであり、職務に関係のない個人的非行は当然には懲戒事由にはならない。原告が本件事故を起こしたのは勤務時間外の午前零時二〇分ころであり、本件事故当時原告は札幌市の清掃乗務職員としてゴミ、廃棄物収集の非権力的単純労務に従事する一般職員であり、他の職員に対する監督的立場にもなく、警察官のように市民に対する交通事故防止の教化指導をその職責とする者でもなかつたから、原告の行為はその職務と関係がない個人的非行にすぎず、地公法二九条一項三号の「非行」には該当しない。

〔再抗弁〕

本件処分は、被告がその裁量権を濫用して行つた社会通念上著しく公平を欠く苛酷な処分であるので違法である。

一  懲戒権者が懲戒処分をするか否か、懲戒処分を行うにつきいかなる種類の処分を選択するかは、懲戒処分の性格上第一次的に懲戒権者の裁量に委ねられているとしても、右処分が恣意にわたつたり、また社会通念上著しく妥当性を欠くことは許されない。特に、懲戒免職処分は、他の処分と異なり、公務員としての地位を終局的に奪うばかりでなく、再就職の著しい困難、退職金あるいは年金の受領権の制限など重大な不利益を招来するなどの点で、他の懲戒処分に比べてその実質上の厳しさは格別であるから、その処分の適法性の判断は特に厳密、慎重であることを必要とする。従つて、懲戒免職処分が適法であるためには、当該職員の職務上の義務の違背や、非行の程度が重いというだけでなく、一般の事案における場合よりも特に慎重な配慮のもとで、なおかつその行為を徴憑として当該職員が全体の奉仕者である公務員としての自覚と責任感を著しく欠如することが明らかに認められるなど、労使間の信頼関係が失われ、その回復が至難であることが客観的に十分な合理性をもつて肯認できる場合でなければならない(最高裁昭和五二年一二月二〇日判決民集三一巻七号一一二二頁における環裁判官の反対意見)。

二  原告は、本件事故当時札幌市衛生局清掃部札幌東清掃事務所に所属する単純労務に従事する労働者であり、権力作用に関りのある業務に従事していたのではない。

従つて、原告の行為により「札幌市職員の信用」に影響があるとしても、その影響の度合は札幌市職員中最も少ない部署にあつたのであり、これを市長、市の幹部職員、権力作用に関りのある他の職員、交通安全業務に関りのある職員等と一律に論ずることはできない。

三  原告の犯した罪は、酒気帯び運転と一時停止義務違反で人身事故には至らず、法定刑は懲役刑の定めがあるにもかかわらず、罰金刑が科せられている。原告には交通関係を含めて一切の前科がなく、反則金を三回納付した前歴を有するにすぎない。また、原告の行為は純然たる私生活上の非行である。

四  原告は、現行犯で逮捕された時点で「許してくれ、悪いことをした」と警察官に対し素直に謝り、昭和五三年四月一八日に行われた札幌市による事情聴取の際も素直に犯罪事実を申告し、改悛の情を表明するなど事故直後から直ちに自己の行動の非を認め反省している。

五  原告の勤務態度は極めて真面目であり、昭和五一年六月一日には札幌市清掃部長から火災発見及び被害防止活動に協力したことを理由に、「市民に対し、公務員として著しい信頼を得たもの」として賞詞を受けたことがある模範的職員であり、また過去に懲戒処分を受けたことは一切なかつた。

六  本件処分は、公務員の同種事案に対する他の処分に比し著しく重く衡平を失する。すなわち、過去三年間に道内で飲酒運転により懲戒処分を受けたものについてみると、警察官を除けば、懲戒免職は三件あるが、いずれも人身事故によるものであり、本件のように人身事故に関係しない単純な道路交通法違反の事例で懲戒免職となつた事例はない。

七  以上によれば、本件処分は、事案の内容、原告の日常の勤務態度、地位、制裁内容、他の公務員に対する処分例などを考慮すれば、到底懲戒処分相当の事案とはいえない行為に対して、その権限を濫用して行われた違法なものである。

〔再抗弁に対する認否〕

一  再抗弁前文は争う。

二  同一は争う。公務員に対する懲戒処分は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため科せられる制裁である。そして、地公法は同法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が懲戒処分をすべきかどうか、また懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかについては、具体的基準を設けていないから、懲戒権者の裁量に任されている。従つて、裁判所が懲戒処分の適否を審査するにあたつては、裁量権の行使に基く処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限つて違法と判断すべきものとされている(最高裁昭和五二年一二月二〇日判決民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

三  同二の内、前段の事実は認め、後段は争う。

被告は、職員に対する懲戒処分を行うにあたつて、その職務上の地位も含め総合的に勘案しているが、近時自家用自動車による交通違反事件が増加している現状に鑑み、厳正に法令を遵守すべき公務員として、特に飲酒運転など悪質危険な交通法令違反者に対しては、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行として懲戒免職処分をもつて対処しているものであり、原告については、単純労務職員ではあるが公務員秩序維持の見地からその責任を追求したのである。

四  同三の内、原告の前科、前歴は不知、その余の事実は認める。原告の行為は、人身事故こそ免れたものの道路脇の立木に衝突して漸く止るなど極めて危険な所為である。また、懲戒処分は公務員秩序を維持する見地から行うもので、刑事制裁とは自らその性質を異にするものである。本件処分については前歴の有無は関係がない。私生活上の非行であつても懲戒処分の対象となることは判例上確定している。

五  同五の内、原告が清掃部長から賞詞を受けたことは認める。

六  同六及び七は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで抗弁について判断する。

抗弁一、二の事実は当事者間に争いがない。

そして、以上の事実によれば、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき立場にある札幌市職員であつた原告が、道路交通法違反の中でもきわめて悪質とされる飲酒運転をし、立木に自動車を衝突させたことは、札幌市職員としての信用と名誉を傷つけるものであり、右行為は地公法三三条に違反し、同法二九条一項一号及び三号に該当すると認められる。原告は、本件事故は純然たる私生活上の非行であり、かつ原告の職務と関連性はないから地公法二九条一項三号には該当しないと主張するが、私生活上の非行であつても全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であれば、同号に該当するといえるし、職務との関連性についても公務員であれば必ずしも職務との直接の関連性は要しないと解されるから、原告の主張は失当である。

三  そこで、再抗弁の被告の裁量権の濫用の主張について判断する。

1  原告が本件事故当時札幌市衛生局清掃部札幌東清掃事務所に所属する単純労務に従事する労働者であり、権力作用に関りのある業務に従事していたのではないこと、原告の行為は、純然たる私生活上の非行であること、原告が昭和五一年六月一日札幌市清掃部長から火災発見及び被害防止活動に協力したことを理由に賞詞を受けたこと、本件事故は人身事故には至らず、原告の罪については、法定刑は懲役刑があるにもかかわらず、罰金刑が科せられていることは当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第四号証の一ないし二八、第五ないし第九号証、第一〇号証の一ないし六・八ないし二二、第一一号証の一ないし九、第一四号証及び第一五号証の各一・二、第一六号証の一ないし三、第一七号証及び第一八号証の各一・二、乙第一号証の一ないし四、第二ないし第七号証、第一一号証、第一四号証の一ないし一六、第一五号証、証人笠原清春の証言により成立を認める乙第一〇号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第八号証、証人笠原清春の証言、原告本人尋問の結果によれば、

(一)  原告は、昭和五三年四月二日午後一〇時ころ自宅でビールを二本飲んだ後、コーヒーを飲みに行こうと考え、自家用車を運転して自宅から約三キロメートル離れた喫茶店に向かい午後一一時ころ喫茶店に到着したが、同店には入らず、同店の二階のキヤバレーに入り、そこでビールを二本位飲んだ後、酔いをさますため階下の喫茶店で昆布茶を飲む等して三〇分程時間を費した後再び自家用車を運転して自宅へ帰る途中、同月三日午前零時二〇分ころ札幌市白石区北郷三条六丁目付近で左右に蛇行運転をしていたため、警察のパトカーに発見され、酒酔い運転の疑いありとして停止するよう指示されたが、これを無視して時速約四〇キロメートルで走行を続け、右パトカーに約一五〇メートル追尾され、同区北郷三条七丁目先の一時停止場所と指定されている交差点に入るに際し、一時停止をしないで進入通過し、同所の木浪三雄宅前の立木に衝突して停止し、酒気帯び運転と一時停止義務違反の罪で、警察官に現行犯逮捕されたこと

(二)  原告は、同月五日酒気帯び運転及び一時停止義務違反の罪で起訴され、同日罰金四万二〇〇〇円の略式命令を受け、同命令は確定したこと

(三)  原告の所属する札幌東清掃事務所では、本件事故から約四か月前の昭和五二年一二月一八日午後六時五分ころ同事務所所属の木下弘吉が酒気帯び運転により信号待ちの車に追突し、追突された車がさらに前の車に衝突する(いわゆる玉突き)事故を起し、結局、五名に加療約一ないし四週間を要する傷害を負わせたため、被告は同月二八日右木下を懲戒免職処分にしたが、右木下は昭和四九年一二月五日及び昭和五一年一一月一八日にいずれも酒気帯び運転で各罰金二万円の刑に処せられており、右昭和五二年一二月一八日の事故により昭和五三年二月三日業務上過失傷害及び酒気帯び運転で札幌地方裁判所に起訴され、同年三月九日禁錮六月の実刑判決を受け、右判決は確定したこと

(四)  右木下の事故の前から、札幌市は昭和五一年三月一日付で服務規律確保の具体的措置を取るよう各局部課長に指示し、飲酒運転等の悪質な交通法令違反に対しては懲戒免職処分で対処する旨職員に注意を喚起するよう通知していたが、右木下の事故後、木下の所属部長たる清掃部長は職員に対し綱紀粛正を訴え、また、札幌東清掃事務所では昭和五二年一二月一九日以降昭和五三年三月三〇日までの間、約三〇回にわたつて交通事故防止のための指導を行い、飲酒運転をすれば懲戒免職になる旨警告していたこと

(五)  原告は、本件事故までは前科はなく、前歴として速度違反、追越違反、駐車違反の三回があり、いずれも反則金を納めていること

(六)  原告は、警察での取調及び札幌市における事情聴取において自己の犯罪事実を素直に供述し、一貫して改悛の情を示していること

(七)  原告は、これまで、被告より懲戒処分を受けたことはないこと

(八)  本件事故前過去三年間の北海道における公務員の飲酒運転に対する懲戒処分例では、警察官を除くと、人身事故を起こさないで免職処分となつた例は見当たらないこと、

が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  地方公務員につき、地公法に定められた懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、地公法は具体的基準を設けていないから、懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限り違法であると解される(最高裁昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

4  そこで本件処分について検討すると、前記当事者間に争いない事実及び認定事実によれば、飲酒運転は道路交通法違反行為の中でも特に危険悪質な行為とされており、また本件では約四か月前に原告と同じ札幌東清掃事務所に所属する職員が飲酒運転により業務上過失傷害事件を起して懲戒免職処分になつており、その後約三〇回にわたる交通事故防止の指導と飲酒運転をすれば懲戒免職にする旨の警告を受けているもので、それにもかかわらずあえて飲酒運転をした原告の行為は、決して軽微な非行ということはできない。しかしながら、右行為は純然たる私生活上の非行であるうえ、原告には前科はなく、道路交通法違反(飲酒運転はない)で反則金を三回納付した前歴があるにすぎないこと、本件事故は刑事制裁としては略式命令による罰金刑ですんでいること、立木に車を衝突させはしたが、自己も含めて人身事故とはならなかつたこと、逮捕後一貫して改悛の情が認められること、原告は、札幌市衛生局清掃部に所属する単純労務に従事する職員であり、他の一般職員に比して、札幌市民の札幌市職員に対する信頼を裏切つた程度は低いと考えられること、過去三年間道内においても、本件のように人身事故に至らず罰金刑で終わつた飲酒運転の事例について懲戒免職処分をした例は、警察官を除けば、見当らないこと、その他前記判示にかかる本件諸般の事情を総合すると、本件処分は、原告の行為に対するものとしては著しく重く、原告の行為は、免職処分によらねば、他に札幌市における公務員関係の秩序の維持を図る適当な方法がないほど重大な非行とは認められず、本件について免職処分を選択したことは他の処分例と比較しても権衡を失するから本件処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものと認められる。

四  以上によれば、本件処分は裁量権を濫用した違法な処分であつて取消されるべきである。

よつて、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古川正孝 島田充子 富田善範)

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